レズビアン官能小説長編「年の差レズビアン・ディープ・ラブ」(第62話)
更衣室を出て庁舎の通路を歩いていたら不意に女性の声に呼び止められて振り返る。
「美由紀ちゃん、おはよう。これ、良かったら一緒に行かない?」
戸田佳乃(とだ・よしの)が何やらチケットのような紙を差し出して言った。
佳乃は三十三歳で美由紀と同じ課に勤務する女性である。
ピンク色の縁の細い眼鏡と清楚で物静かな印象、それに寡黙なことから職場では存在感が薄いと噂されているが、美由紀は休日に何度かカフェや買い物に出かけたことがある。
プライベートでは気さくでオシャレな魅力的な女性だった。
「東急ハウジングセンター? 佳乃さんってたしか持ち家でしたよね?」
大雨の影響で首都圏のJR在来線が終日運休になった日、車通勤の美由紀が自宅まで送り届けている。
「これ、ほらここ見て。ヴァイオリニストの皇美亜(すめらぎ・みあ)が来るのよ」
佳乃が指さすチケットの片隅を見るとヴァイオリンを構えた皇美亜の写真が載っていた。
皇美亜は巷では知る人ぞ知るヴァイオリニストで、オリジナル曲のほかにジャンルを問わずどんな曲でもアレンジしてカバーすることで有名だった。
年は三十四歳。身長が高くスタイル抜群の容姿から一部のファッション雑誌でモデル活動もしていると聞いている。
美由紀は以前、音楽動画サイトで皇美亜が演奏する「Csárdás」を観たことがあり、その軽やかにして神業的な指づかいに思わず息を飲んだ。
「あ、行きたいです! 今度の日曜日ですか、空けておきます!」
「声かけて良かった。うちの旦那がまったく興味ないから美由紀ちゃんなら喜ぶかなって」
佳乃はにっこり笑ってチケット一枚差し出すと手を振りながら持ち場に走って行った。
会場がハウジングセンターならきっとすぐ間近で皇美亜の演奏が見られる。
美由紀はチケットにキスをして更衣室に戻った。
昼休憩にいつものごとく庁舎の裏口にある自動販売機スペースに向かうと、ついさっき降り始めた雨がお気に入りのベンチを水浸しにしていて、やむを得ず壁に寄りかかって過ごした。
「ミャーオ、ミャオ!」
ふいに猫の鳴き声がして美由紀は周囲を見回すと自動販売機の陰からキジトラ柄の猫が現れて足にじゃれついてきた。
雨水で背中が少し濡れていてお尻には蜘蛛の巣とそれに絡まったゴミが付いている。
「お前、あの時の。きちゃないな、ここおいで。」
「ミャオミャオ」
美由紀はポケットティッシュで背中を拭いゴミをとっておでこをポンポンと撫でた。のどをぐるぐる鳴らしてまとわりついてくる。