官能小説(短編)/見惚れていたら—— 満員電車のまさかのレズ痴漢
普段より三十分早い出勤となると、まともに通勤ラッシュの時間帯に差しかかった。そのためホームの混み具合も一変して、乗降口の印を先頭にとんでもない数の人だかりができていた。まもなく到着する電車が、一日の始まりにふさわしくない乗り物であることが容易に想像できて、優子は少し気が滅入った。
昨夜9時を少し回った頃、店長から電話があって急用でどうしても出られないから、三十分早く出勤して欲しいとの連絡があった。優子は都内のアパレルショップで販売スタッフとして働く26歳で、今年で入社三年目だった。
店舗はチェーン店のなかでは小規模だったが、立地がよくいつも開店直後から来店客が多かったため、マネージャーからも確認のメッセージが届いて、SNSで簡単な打ち合わせをしていた。朝礼が三十分繰り上がるということだった。
ただ昨日はなかなか寝つけず若干夜更かしをしてしまったせいで、今朝は二度寝防止用にセットしたぎりぎりのアラームで飛び起きて、慌てて家を出た。普段から前日のうちに翌日の準備をする癖をつけていたおかげで、かろうじて間に合った感じだった。
電車到着のアナウンスが流れて構内に風が吹くと、改札口から階段をかけ降りてくる複数の足音が聞こえ、ホームの人だかりはいっそう密度を増した。
車内はすでにそこそこ混んでいたが、都心部に近づくにつれて俗にいう満員電車と化した。普段の通勤時間でもうんざりするほど混雑したが、今朝は乗り込んですぐその様相が見られて優子は思わずため息が洩れた。
五つ目の駅を出発してすぐ異変に気付いた。優子のすぐ前に向かい合わせで立っている女性と目が合った。女性はすぐに目を逸らしたが、その目が少し挙動不審な気がして優子の興味を引いた。
女性は優子より少し背が高いパンツスーツ姿の会社員だった。栗色のストレートヘアをアップで束ね、少し強めのアイラインを引いたきれいな女性だった。
女性と何度か目が合ううちにこちらを見ながら唇を動かしていることに気づいて、優子は首をかしげながら耳を寄せると「満員電車って嫌よね」と聞こえた。優子が苦笑してそれに応えると、女性はまたひそひそ声で「若くてきれいね」と呟いて優子に微笑んできた。優子は軽く愛想笑いを返して、その目で中づり広告に目をやった。
優子は満員電車の車内で見知らぬ誰かと言葉を交わしたことがなかったし、そういえばまともに正面同士で乗り合わせたこともなかったなと思った。
女性は端正な顔立ちで、ちょっと宝塚を思わせる凛々しさのようなオーラが感じられた。背後から押され互いの距離感が縮まっていくうちに、表情豊かで愛嬌ある女性の素振りに優子は次第に興味をそそられていった。