官能小説(短編)/通勤電車に現れたレズ痴漢とクマちゃんのチョコ
職場の同僚に四人掛けのボックスシートの方が疲れないよねと言われて、なるほどたしかに左右に揺られるより前後の揺れの方が楽な気がして、通勤時間に余裕がある時は率先してボックスシートの電車を選ぶようにしていた。
今朝のように運よく窓際に座れたときは車窓の景色が違って見えてちょっとした気分転換になるし、ただ揺られるだけの三十分間に俗にいうパーソナルスペースが確保できるとその時間も当てになる。
矢島瑠衣(やしま・るい)はクライアントからカスタマーサポート業務を請け負うアウトソーシング企業に勤めていて、単調な仕事だったがスキルアップ研修で合格し、オペレーターからリーダーに昇格してからは出勤にも前向きに向き合えるようになった。
一列に並んでインバウンドの第一報に応対するオペレーターたちを眺める席は気分がいいし、回される電話がたとえクレーム処理であってもリーダーとしてブースを仕切っている感じはたまらない。
昇格して以来、男性社員や同僚に
「矢島さん、見違えるようにきれいになったね」
と声をかけられるようになったが、以前より一時間早起きしてメイクも服装にもこだわっていることは内緒だった。
客と対面する接客業ではないためコールセンター業務の服装は自由なのだが、“示し”をつけるためにオペレーター時代のカジュアルな服装は卒業して、今日は黒のブラウスにタイト過ぎないグレーのひざ丈スカートにした。
学生時代から周囲にとっつきにくそうとか性格がきつそうと言われながらも美形だと一目置かれてきた自分が、晴れてリーダーになったのだから少しぐらい目立って当然だと思ったし、もしかしたら研修は口実でルックス目当ての抜擢ではないかとほくそ笑む。
もちろん憶測ではあったが、事実所長には何度か昼食にも誘われたし色目も使われた。
女性スタッフを私物のように扱うエロ所長など眼中にはなかったが、リーダーになってみて、そういえば今年で二十七歳になるのだしそろそろ本気でやり手のイケメン探しでもしようかなとプライベートの昇格にも拍車がかかる。
バレンタインデーも近いしせっかくだから帰りにチョコでも買おうかと思いをめぐらせながら
(“マイ・ブース”、今日も仕切っちゃおうかな)
と瑠衣はほくそ笑んだ。
電車が発車してすぐに
「ここ、いいかしら?」
と声をかけられて顔を上げると、すぐ右隣の空席を指さして立っている女性の姿があった。
車内はいつもより空いていて向かいの席は二つとも空いている。