官能小説(短編)/まさか—— 恋愛もセックスも未経験なのに
ふと考えてしまうと答えづらい質問でも、さらっと尋ねられると何気に返せてしまうことがある。
書店でアルバイトをする唯美(ゆみ)は同じ時間帯に働く十歳年上で三十二歳の麻奈美(まなみ)と気が合って、休憩時間にはよく雑談をして盛り上がる。
お互い読書が好きで書店で働いていたため、趣味の読書の話、単行本や雑誌の情報交換、学生時代に書いた読書感想文の思い出など本にまつわる話題が多かった。
「へえ、じゃあ唯美ちゃんは官能小説も読むのね」
「はい、よく読みますよ」
「好きなジャンルとか作家さんとかいるの?」
その日は官能小説の話題からまさか一人エッチの話になるとは想像もせずに唯美は麻奈美に尋ねられるままに答えていた。
「私も読むよ。一人エッチしちゃうことあるよね」
「え、はい……ですね」
好き嫌いは分かれるが、唯美は麻奈美の歯に衣着せぬ話し方が好きだった。遠回しに話されるより単刀直入に振ってくれる方が分かりやすいし答えやすい。
すっきりさっぱりとした麻奈美の話し方は唯美には波長が合った。
「妄想で? それとも何か見ちゃう方?」
「そうですね、私はエッチなのも観ますよ。動画とか」
何気にさらっと尋ねられてしまうとついついさらっと返せてしまう。
「そっか。じゃあ唯美ちゃん、レズにも興味あるのね」
「ですね……」
唯美自身も定かではなかったが、恋愛も男性経験も無いせいか、触れたり触れられたりというリアルな感触や感覚的なものが乏しい分レズものでも楽しめた。
「レズ小説だったらうちにいっぱいあるの。いる? もう捨てようかとも思ってるんだけど、もし良かったらあげるよ」
「ぜひ欲しいです! 読みます」
麻奈美は書店のすぐ近くのマンションで一人暮らしをしているため、アルバイトを終えた足で遊びに行った。
「お邪魔します」
2DKの間取りのうち一部屋の半分が本棚で参考書からコミックまでジャンルを問わず沢山の本が所せましと並べられている。
「もう年末だし二度と読まない本もあるから本当は処分しなきゃいけないんだけどね。なかなか捨てられなくて」
紅茶をテーブルに運びながら麻奈美が笑う。
「分かります。捨てようと思って開くと、ついつい読み始めちゃったり」
唯美も同じ経験を何度もしていて気持ちがよく分かった。
「これが話した官能小説。これだけあるのよ。どうする?」
「これ全部レズ小説ですか?」
事前に話には聞いていたものの紙袋三つ分の単行本の量に唯美は思わず目を丸くする。
「うん。いらなかったら捨てるけど」
麻奈美は上から二冊を手に取ってページをぱらぱらめくりながら呟く。