呼吸困難に陥りかけて口を大きく開くといやらしい舌が瑠衣の舌に絡みついてきた。
舌を絡めるような激しいキスは行きずりのしかも女性とするようなものではなかった。
舌を誘い出そうとするかのようにぬめりを帯びた女性の唇がしっとりまとわりついてくる。
葛藤している自分が嫌だった。
断固として拒絶すべき行為に抗えず気づけば足まで開いている自分に瑠衣は首を振る。
でも直後に女性の指が膣に入ってきて瑠衣はすべての理性を取り払われた気がした。
「ぃああアアッ」
長い指が膣壁をえぐるようにくり返しくり返しうごめいて、こみ上げるえも言われぬ快楽に瑠衣はたまらなくなって女性の体にしがみついた。
電車の騒音にまじってちゃぷちゃぷという汁っぽい音が聞こえてくる。
汁まみれの膣壁をそんなに激しく撫でないで欲しかった。
堪えきれない息づかいを女性に聞かれ激しく収縮する膣をかき混ぜられていると、首を振って必死に抗ったが舌を絡めたくなって瑠衣は思わず舌を出した。
「んンッ!んぐ……」
直後に女性の指づかいが激しくなって瑠衣はすぐに遠目になった。
カカオのかすかに香ばしい風味とイランイランの甘い香りにまみれながら舌を絡め、こみ上げてくる身震いするような性感に身をゆだねていると次第に上りつめていくのが分かった。
通勤電車のシートで逝くのは初めてだった。
身構えようとしたが視界がぼやけて何がどうなっているのか分からず、瑠衣はためらいながら女性の体にしがみついた。
「いああぁぁ……ッ」
腰が激しく痙攣して体が仰け反るのが分かった。
太ももがガクガク震えてオシッコを洩らしたような気がした。
意識が遠のいていくなか瑠衣は宙を見つめてかすかに首を振った。
電車を降りてすぐに改札口手前の公衆トイレに駆け込んだ。
洗面台の上にバッグを置いて息を整える。
鏡に映った少しやつれたコールセンターのリーダーと目が合って瑠衣は思わず目を逸らした。
その場でぐるっと回ってみたがスカートはどうやら無事のようである。
ふとバッグの口からピンク色の箱が覗いているのが見えて、瑠衣はその一番上の箱を鷲づかみにするとすぐ横のゴミ箱に放り込んだ。
でもそれからすぐにクマの笑顔が甦ってきた。
頭の大きなクマちゃんで箱の中で仰向けに寝そべっていた。
幸せそうな笑顔を浮かべていた。
「……」
クマちゃんの笑顔があまりに愛らしくて思わず警戒心が緩んでしまったが、だからといってクマちゃんのせいではないと気づいて瑠衣はゴミ箱に手を伸ばす。
ピンク色の包装紙をむいて箱だけを取り出すと手を洗ってそっとバッグにしまった。
朝からツイていない自分に対するやり場のない怒りだった。
女性が最後に残していった
「セント・ヴァレンタイン!」
というキメ台詞のような言葉にも少し腹が立った。
でもクマちゃんに罪はないよね——
箱の蓋を開けるとまたあのクマが満面の笑みを浮かべて寝そべっていて、瑠衣も思わず笑みがこぼれる。
「おはよう」
声をかけてその鼻を指でつつくと、クマちゃんが鼻をクンクンと動かしたような気がして瑠衣も真似てみた。
(投げたりしてごめんね)
そうクマちゃんは悪くない、悪いのはじゃんけんグリコの女とそんな女の罠にまんまと引っかかってしまった自分自身なのだと言い聞かせて、瑠衣はそっと蓋を閉じた。
正直、悪い気はしなかった。
どちらかと言えばそれでもイケてる女性な気がした。
自分本位でただ身勝手なだけの陰湿な痴漢ではなく、また見かけたら今度はこちらから声をかけてみたくなるようなあの開き直った感じの潔さにちょっと魅了された。
声をかけたら一体どんな顔をするだろうとほくそ笑みながら
「セント・ヴァレンタイン!」
と真似てみたが、無駄にイケメン女優ばりのあの女性には敵わないことに気づいて、瑠衣はそそくさとトイレを後にした。