女性はそれには無反応で窓の外を眺めている。
身長が高いせいか座高も少し見上げるほどに高く、すぐ隣で派手に吹き出してしまったのに必要以上に愛想を振りまいてこないその適度な余所よそしさがクールとか恰好よさといった魅力にも感じられて、瑠衣はその横顔にしばし釘付けになった。
姿勢もよく肌もきれいで清潔感にあふれ、凛々しさや高潔な印象を受ける。
ほのかに香る濃厚で独特のイランイランの香りも嫌味がなかった。
口の中の“クマ”はすっかり溶けて耳がかろうじて分かる程度になっている。
(今年もあと十日でバレンタインデーか……早いなあ)
瑠衣はひざの上に乗ったバッグの持ち手を両手で玩びながら、去年買ったチョコレートの数を宙で数えていると、ふと肩を叩かれて我に返る。
女性が唇に人差し指を立ててこちらを見据えている。
何か言葉を口にしているようだったが電車の騒音にかき消されてよく聞こえない。
「な、何か?」
瑠衣の問いかけに、女性は耳を貸すようにと促すと顔を近づけてくる。
どうしたものかと一瞬迷ったが、瑠衣は言われるままにその顔に耳を寄せてみた。
何かを呟いていたが直後にトンネルに入ったせいで轟音とともに窓が激しく揺れ、突き上げるような車両の振動と騒音にますます聞き取れない。
やがて女性は体を寄せて瑠衣の左肩に手をかけてきた。
「……ひ♪ ……なか♪ ク……さ……♪」
何か歌を歌っているようにも聞こえた。
不意にひざの辺りに女性の右手が触れてきて思わず体が強ばる。
妙な胸騒ぎを覚えてその手を振り払おうとすると、その手の指先が円を描くようにぐるぐるとひざを撫で始めた。
「ちょっ、な、何でしょうか……?」
「唇にチョコがついてるわ」
今度ははっきりと聞こえた。
女性の言葉は口調もいたって穏やかだった。
チョコが付いてるなんて恥ずかしいと苦笑したが
「とってあげる。じっとしててね」
と言われて、首を振って自分でしますと身を引くと女性はさらに身を乗り出してきた。
ひざを撫でないで欲しかった。
その指先を手で追い払おうとしたがバッグを抱えているせいでひざの内側までは手が届かない。
瑠衣はどこに付いているとも分からないチョコを手探りで探しながら、少し大げさに首を振って身じろぎをする。
左の肩に乗せられた手はおかしいし、ひざを撫でる指先もこの距離感もまるで痴漢のようだった。
体を揺すっても身を引いてもやめてくれない。
女性の痴漢など瑠衣が知るかぎり聞いたことがないし、そんな卑劣な行為をするようにも見えない。
可愛らしいクマのチョコレートを五箱もくれた。
(そんなはずない——)