瑠衣は一瞬対処に困ったがクマの表情が思いのほか可愛らしくてしばし見入っていると
「ランランラン♪ はい、でもポキーン」
クマは数回ステップを踏んだが、次の瞬間女性の手によって首を境に真っ二つに割られた。
瑠衣は思わず目を丸くする。
可愛いものを模造した食べ物の宿命ではあったが、首と体がバラバラになった姿をあっけに取られて見ていると
「かわいい頭の方あげるね。はい、あーんして」
と女性は口をあーんとして見せて迫ってきた。
「え!?」
瑠衣がクマの頭を手で受け取ろうとすると女性は首を振って目くばせをしながら
「あーん」
と、なおも畳みかけてくる。
さすがにここで口を開けるのはどうしたものかと少し迷った。
「あーんして。ほら、クマちゃん。あーん」
瑠衣はためらいつつも徐々に接近してくる女性の手に根負けして口を開けると、すぐにクマの頭が口の中に入ってきた。
「どう? クマちゃんの味」
チョコレートについてあまり詳しくないうえに大きなクマの頭は厚さも5ミリ以上はゆうにあり、板チョコタイプではあったが口の中がいっぱいになる。
瑠衣は頬ばりながら言葉を返せず二度頷いて見せた。
まさか通勤電車でチョコレートを頬ばることになるとはと瑠衣は苦笑する。
味はありきたりのチョコレートに思えたが、クマちゃんの愛らしさとチョコの甘さに心は踊った。
女性をあらためて見ると中性的な顔立ちに品のある控えめなメイクと、自然な笑顔にどこか親近感が感じられて当初抱いた不快感は薄らいでいた。
思えば通勤電車で誰かと言葉を交わしたことなど数えるほどしか記憶にない。
一日のうちで最も億劫なこの時間帯はかまわずそっとしておいてもらいたいところなのだが、愛想笑いすら浮かべて応える自分が不思議だった。
節度ある距離感とは言い難いが、ふとした瞬間に淡々とした表情というか人形のようなどこか無機的なそぶりが感じられて、唐突にすり寄ってきて馴れ馴れしく絡んでくるだけの不快なタイプではなさそうだ。
嫌味はないというか悪い気はしない。
しいていうなら自力では出会えない、未知がゆえに脳が選り分けて接点を拒むタイプの女性である気はした。
「そう、よかった。チョコレートおいしいものね。じゃあ私も食べようかな」
女性はクマの胴体を二つに割ると、ひとかけらを口に放り込んでバキバキと派手な音を立てて噛み砕いて
「歯折れちゃいそう」
と呟いた。
瑠衣は思わず吹き出してチョコまみれの口を慌てて手で押さえた。